会社員から50歳ニートへ
28年間の会社員人生
はじめまして、モリ爺です!
2021年3月まで、28年間会社員をしていました。
転職経験2回。2年間IT関連の仕事をした他は、ずっと旅行業。中でもとてもニッチな業務一筋の人生でした。

文字通りツブシの効かない仕事で・・・
コロナ禍で会社解散?
最後の会社には17年弱勤めていました。
1ミリも好きな会社ではありませんでした。
常に辞めたいと思っていましたが、日和って辞め時を失いズルズルと続けていました。

40歳過ぎての転職はさすがに腰が重くて・・・
50歳を目前にしてここまできたら定年まで居座るのもアリかな、と思い始めた矢先。
コロナ禍による業績不振で会社がなくなりました。
ショックはショックだったのですが、これを機に遠距離恋愛していた相手の住む街へ移住。
現在は見知らぬ土地に住み、退職金で”50歳ニート”をしています。
悲喜こもごもの会社生活
仕事はできた?
少なくとも直接関わった人達からは”仕事はできる人”と評価されていたと思います。

不得意なことをしないで済むように上手に逃げた結果という説も・・・
会社は好きではありませんでしたが、仕事は好きでした。
ただ会社にとって”良い社員”だったかというと、話は別。
自分より立場が下の人には親切にしようと務めました。
一方で上の人には「俺より偉いところ見せてみろ」という態度でしたので、まあ・・・上司達にとっては面倒な社員だったはずです。
それでも露骨に干されたり意地悪されたりもせず、割と自由にさせて頂いた上に肩書きまで頂き、端から見たらそこそこ順調な会社員生活を送っていました。
勤めた3社の内、辛かったのはどの会社?
どの会社のときも、それぞれ楽しいこと辛いことありました。
しかし3つ目の、某旅行会社の子会社に勤めていたときは最高に辛かったです。
表には出さないようにしていたものの、社内外の様々な要因により心身に大きなダメージを喰らい辛い日々を送ることに。

同僚と一部の上司には恵まれましたが、組織と顧客がめちゃめちゃ手強かった・・・
朝会社に向かう電車に乗っていても、体が会社へ行くことを拒否しているのか週に2日は途中下車してトイレへ。
軽度のうつ症状、止まらない耳鳴り、声が出なくなった時期もありました。
辛い時どうしてた?
打たれ弱く、簡単なことでダークサイドに墜ちがちなモリ爺でしたが、幸い自分で自分を救うための行動を取る力もあったのかなと思います。
迷わず心療内科のドアを叩いたり。
上司にうまくかけあって異動の希望を通したり。
上司でらちがあかなければ産業医に頼んで外から手を回したり。
気晴らしに産業カウンセラーやキャリアコンサルタントといった資格を取得したり。
楽しいお酒と音楽、映画。そして友人や同僚も救いでした。

案外オメデタイ性格だったりも・・・笑
で、これからどうするの?
人生の午後、ここからが本番
キャリアコンサルタントやカウンセリング理論の中で「人生の正午」という言葉があります。
人生を1日の日の出から日没までの時間になぞらえ、40歳をお昼の12時と捉える。40歳までは午前、40歳からは午後というイメージです。
この考えでいくと、仮に80歳を日没とするならば50歳は・・・13時半前後?
言ったらまだ午後が始まったばかり。むしろここからが本番ということにならないでしょうか?
期せずして会社員ではいられなくなりましたが、これももしかしたら新しいことをする良い機会だと思うのです。

お楽しみはこれからだ!
働くあなたを応援したい!
しばらくニートをして思うのは、働いてる人皆偉い!皆頑張ってる!ということ。皆さん尊い!
そんな皆さんの役に立つ何かをしたいと思います。
人生の午後を迎えたモリ爺だからこそ、できることがきっとあるはず。
何ができるのかはまだわからないけど、まずは書くこと、そしていずれは聴くことで、働くあなたを応援できれば・・・そんなことを思っています。

ここまで読んでくれてありがとう〜

